「プリとグーグーと仲間たち」は、阪神淡路大震災の被災者による自主避難施設「下中島公園テント村しんげんち」のコンテナハウスの中で1998年12月に生まれた。
兵庫県から仮設住宅が完全に撤去される半年前のことである。
コンテナハウスに住んでいた武盾一郎と和田綾子は、お互いの似顔絵を風刺漫画のように、最も醜く似せて描き合う遊びに興じていた。
プリとグーグーと仲間たちは、元来、武盾一郎と和田綾子自身、そして出会った人々の似顔絵であったが、コラボレーション・ユニット「月乃夢馬国」を結成し展覧会を開催するなど、次第にそれらをキャラクターとして独立させていった。
プリやグーグーはまた、武がしんげんちや東北各地、新宿西口地下街等で感じた精霊たちの存在を、可愛く具象化して描いたものでもある。彼らは人間と同じように、「ユマノ国」の毎日を一生懸命に生きている。
彼らをとりまく夢現のような舞台イメージは、しんげんちで行われた韓国の花見踊りや、武盾一郎と和田綾子が旅した東北地方の霊的佇まいであるという。
武盾一郎は、新宿西口地下街で「一緒にダンボールハウスに描こう。」と約束していた浮浪者が野たれ死にした時、その遺体から「若造、おまえは頑張って生きろよ。」と語りかけられたことがあるという。それはポジティブなメッセージに溢れ、武盾一郎が「元気に生きている奴を見れば皆元気になるんじゃないか。
絵を見て生きようと思う人がいるだろう。」と、阪神淡路大震災の被災地へ向かう契機となり、プリとグーグーとユマノ国の誕生にも繋がった。
また、和田綾子の祖父が他界した時には、丸く透明な粒々の形象が顔の周りに浮遊して見えたという。それは彼女にとって、美しくて、清浄で、とても良い匂いがしたという。そのイメージはカラフルな粒々の物体となり、月乃夢馬国のドローイング、立体、インスタレーション作品において、重要な視覚効果をもたらしている。
彼らは、「しんげんち」のような、何らかの理由から公権力が直接及びにくくなった「自治区」を渡り歩いて、制作活動を続けた作家である。自治区は、旧東京大学駒場寮の様に、取り壊し反対運動の中に生まれるかもしれないし、新宿西口地下街ダンボールハウスや、「しんげんち」の様に、社会問題を背景とする不法占拠の黙認に
よって生じるかもしれない。権力の空白は、住民にあたかもそこがユートピアであるかのような錯覚をもたらし、自由がしばし芸術を花開かせる。
しかし、公権力はいつしか自治区に対して全体への統合を強制する。その過程で自治区は内部崩壊し、権力に恭順した住民自身の手で統制が行われ、自由と芸術が圧殺される。武盾一郎と和田綾子にとって月乃夢馬国の活動は、このような迫り来る圧殺へのレジスタンスであったという。現実逃避ともみえるが、ユマノ国のような仮想の世界にこそ、人間が精霊として生き得る本物の楽園があるのかもしれない。
「現代に対するレジスタンスはむしろ『HAPPY』という言葉になってしまう。」と彼らはいう。
その言葉通り、月乃夢馬国の作品は、理屈抜きに観客を楽しませる要素に溢れている。
カラフルなパステルカラーの中で、親しみ易く可愛いキャラクターたちが、とても日常的な物語を展開する。かくて、ユマノ国に棲む精霊たちは、幸福(happiness)という名の銃をとり、桜の花の満開の下、一生懸命に生きて、笑い、泣き、歌い、そして踊る。
深瀬記念視覚芸術保存基金
深瀬鋭一郎